- 妊娠中の迷信・言い伝えに医学的な根拠があるのか
- なぜ世界中で「妊婦の行動」が赤ちゃんに影響するという迷信が生まれたのか
- 「自分のせいかも…」という気持ちとの向き合い方

義母から「妊娠中に○○すると赤ちゃんに良くないよ」と言われて、不安になってしまいました…。ネットで調べても情報がバラバラで、何を信じればいいのか分かりません。



妊娠中って、周りの人からの「善意のアドバイス」がかえってプレッシャーになることがありますよね。
実はこうした迷信には医学的な根拠がないものがほとんどです。
この記事では、「なぜそんな言い伝えが生まれたのか?」を世界中の研究から読み解きながら、あなたが自分を責めなくていい理由を一緒に確認していきましょう。


第1章|日本にある「妊娠中の迷信」、いくつ聞いたことがありますか?
まずは、日本で昔から言い伝えられてきた迷信をいくつか見てみましょう。1)
| 言い伝えの内容 | 言われていた「影響」 |
|---|---|
| 火事を見る | 赤あざのある子が生まれる |
| お葬式に出る | 赤ちゃんにあざができる |
| お膳の上で食べ物をナイフで切る | 口唇裂(みつくち)の子が生まれる |
| 柿の木の下を通る・柿を食べる | 難産になる |
| トイレ掃除をする | 美しい子が生まれる |
「聞いたことがある」というものもあるのではないでしょうか?
これらに医学的な根拠はありません。
1952年には、助産婦雑誌で産婦人科医の石垣純二氏がすでに「妊婦が火事を見ると赤あざ」の俗信を取り上げ、科学的根拠がないことを明記しているようです。2)
つまり、70年以上前から医学的に否定されているのです。



ポイントは、これは日本だけの現象ではないということです。
世界中で驚くほどよく似た迷信が存在しています。
第2章|世界の「妊娠タブー」を見てみよう


実は、世界中の研究者が各国の「妊娠中の迷信」を調査しています。いくつか見てみましょう。
| 国・地域 | 言い伝えの内容 | 信じられていた「影響」 |
|---|---|---|
| 🇮🇳 インド | 妊娠中に「間違った食べ物」を食べた | 口唇裂の子が生まれる |
| 🇳🇬 ナイジェリア | 厳しい言葉を口にした | 赤ちゃんに異常が出る |
| 🇺🇬 ウガンダ | タブーを破った | 赤ちゃんは家族名をもらえず、悪魔を意味する名で呼ばれる |
| 🇰🇪 ケニア | 夫以外の人を見た・夫が浮気をした | 流産する、先天異常の子が生まれる |
| 🇪🇹 エチオピア | 神の罰を受けた | 先天異常は母親の罪のせい |
| 🇬🇧 イギリス(16〜19世紀) | 妊婦がウサギを見た | 口唇裂の子が生まれる |
時代も地域もまったく異なるのに、どの国の迷信にも共通する特徴があることに気づかれましたか?
それは──
「赤ちゃんに何かあったとき、原因が母親の行動にある」という構造になっている
次の章では、この構造がなぜ世界中で生まれたのか、学術研究の知見から探っていきます。
第3章|研究が明らかにした「迷信が生まれた本当の理由」
ここまで見てきたように、時代も大陸もまったく違うのに、驚くほど似た迷信が世界中に存在しています。
なぜでしょうか?
文化人類学や医療人類学の研究者たちは、その答えを2つの心理に見出しています。
理由① ── 人は「原因不明」に耐えられない
流産や先天的な病気のなかには、現代の医学でも原因が分からないものがたくさんあります。
でも、人間は「なぜ?」の答えがないと不安になる生き物です。
原因が分からない悲しい出来事が起きたとき、目に見える「何か」に理由を求めたくなる心理が働きます。
そして、妊婦さんの日々の行動──食べたもの、見たもの、感じたこと──は、周囲から最も「見えやすい」ものでした。



医学が発達する以前、「なぜこの子に病気があるのか」を誰も説明できなかった時代。
人々は、目に見える妊婦さんの行動に原因を「見つけ出す」ことで、不安を和らげようとしたのです。
理由② ── 「守れば安全」という安心がほしかった
「タブーを守りさえすれば、赤ちゃんは無事に生まれる」
この約束は、医療が手の届かなかった時代に、妊婦さん自身やその家族にとって唯一の「お守り」でした。
迷信が生まれた背景には、妊婦さんを苦しめようという悪意ではなく、「どうか無事でいてほしい」という切実な祈りがあったのかもしれません。


第4章|しかし、迷信には「もう一つの顔」がある
前の章では、迷信が生まれた背景に「祈り」や「安心したい気持ち」があったことを見てきました。
しかし研究者たちは、その迷信が社会のなかで機能し続けるうちに、もう一つの顔を持つようになったことを指摘しています。
それは──
何か悲しい結果が起きたとき、「あなたがタブーを破ったからだ」と、母親に責任を押しつける装置として機能してしまう
世界の現場で、実際に起きていること
ケニア西部の農村で行われた調査(10グループ・女性90名が参加)では、流産や先天的な病気を経験した母親たちの声が記録されています。3)
「母親は、流産や先天異常のある子の出産後、しばしば周囲から責められ、孤立させられていた」
この研究では、先天的な病気を持つ赤ちゃんの母親が「夫以外の男性と関係を持ったのだろう」と疑われたり、「タブーを破った罰だ」と非難されたりする事例が複数報告されています。
エチオピア南部での調査でも、同じ構造が確認されています。4)
「先天異常のある子どもの母親は、頻繁に周囲から非難され、子どもの状態の責任を問われていた」
これらは、迷信そのものが悪意から生まれたという意味ではありません。
しかし、「守れば安全」という約束には、裏返すと「守らなかったあなたが悪い」という刃が隠れている
──研究者たちはこの構造を繰り返し指摘しています。
迷信の「二面性」を整理する
「赤ちゃんを守りたい」「無事であってほしい」という祈り・安心感
何か起きたとき「あなたがタブーを破ったせいだ」と母親が責められる構造



大切なのは、この「裏の顔」は迷信を作った人の悪意ではなく、迷信が社会の中で使われ続けるうちに、結果として生まれてしまったものだということです。
でも、結果として生まれたものだからこそ、気づかないうちに私たちの心を傷つけている可能性があります。
そして実は、この構造は「昔の発展途上国の話」では終わりません。
現代の日本にも、形を変えてしっかり残っています。
第5章|現代の日本にも残る「見えない圧力」
「昔の話でしょ?」と思われるかもしれません。
でも現代でも、かたちを変えてこの圧力は存在しています。
名古屋市立大学の杉浦真弓教授らの研究チーム(2024年)は、約2,000人もの女性を対象に「世間の空気と心の状態」を調べる大きな調査を行いました。5)
そこで明らかになったのは、驚くべき事実です。
つまり、「お母さんを無意識に追いつめる社会の空気」そのものが、現代の妊婦さんの心を傷つける大きな原因になっているのです。
「女性は子どもを産んで一人前」
「母親なら、生まれつき母性愛があるはず」
「赤ちゃんに何かあったのは、お母さんの不注意のせい?」
火事やウサギの迷信は減りました。
しかし現代では、SNSを中心に
「〇〇を食べると自閉症になる」
「ちょっと身体が冷えたから切迫早産になる」
「スマホの電波が赤ちゃんの脳に悪い」
といった、根拠のない新たな迷信(デマ)が形を変えて溢れています。
形は変わっても、「何かあったらお母さんの日常の行動のせいにする」という構造そのものは、何一つ変わっていないのです。



子どもが思春期になった今でも、
「病気をもつ子どもを生んでしまった責任は自分にある」
という思いが消えないんです。



この気持ちは、どれだけ医師が「あなたのせいではありません」と伝えても、なかなか消えるものではありません。
だからこそ、迷信が「なぜ」生まれたのか、その構造を知ることに意味があると、私は考えています。
第6章|あなたが自分を責めなくていい、3つの理由


理由①:迷信には医学的な根拠がない
かつて16〜19世紀の医学では、
『お母さんが妊娠中に見たものや感じた強いショックが、そのまま赤ちゃんの形になって現れる』
という『母体印象説』という考え方が大真面目に信じられていました。
例えば
『ウサギを見て驚いたから口唇裂になる』
『火事の炎を見たから赤あざになる』
といったものです。
しかし、19世紀後半に現代医学や遺伝学が発展したことで、この説は完全に否定されました。
お母さんが何を見ようが、何を食べようが、それが赤ちゃんの遺伝子や体の形に直接乗り移ることは医学的にあり得ません。
理由②:迷信は「反証不可能」な仕組みになっている
迷信には、こんな「ずるい構造」があります。
| パターン | 迷信側の解釈 |
|---|---|
| タブーを守って、赤ちゃんが元気に生まれた | 「ほら、守ったからだよ」 |
| タブーを守ったのに、何か問題があった | 「きっと別のタブーを破ったんだね」 |
| タブーを守らなかったけど、元気に生まれた | (この事実は無視される) |
つまり、どんな結果になっても「迷信が正しかった」ことにされてしまうのです。
これは科学の世界では「反証不可能」といって、そもそも正しいか間違っているかを検証することができない主張です。
検証できない主張をもとに自分を責める必要はありません。
理由③:先天異常のほとんどは「原因不明」か「偶発的」
先天的な病気の多くは、受精の瞬間やごく初期の細胞分裂で偶然に起こる変化によるものです。6)
妊娠中の生活態度で防げるものは限られています。
流産の約60〜70%は、受精卵の染色体の偶発的な変化が原因です。
これは年齢や生活習慣に関係なく、誰にでも起こりうることです。
妊娠中の行動で「100%防げる」病気は、実はそれほど多くありません。



「知らなかったから守れなかった」と自分を責めるのではなく、
「知っていれば不安を手放せる」
── そんな知識のあり方を、私はお届けしたいと思っています。
第7章|「不安」を感じたら、迷信ではなくこの2つを頼ってください
迷信に頼りたくなる気持ちは、裏を返せば「赤ちゃんのためにできることをしたい」という愛情そのものです。
その気持ちを、医学的に意味のある方向に向けてみませんか?
📋 かかりつけの産婦人科医に相談する
ネットの情報に振り回されるより、あなたの体と赤ちゃんの状態を「実際に診ている医師」に聞くのが一番確実です。「こんなこと聞いていいのかな?」と思うようなことほど、遠慮なく聞いてください。
📖 信頼できる医療情報で「本当のリスク」を知る
やみくもに心配するのではなく、「何が本当に気をつけるべきことで、何は気にしなくていいのか」を整理するだけで、日々の不安はぐっと減ります。




まとめ
この記事のポイント
- 「妊婦が○○すると赤ちゃんに悪影響」という迷信は、日本だけでなく世界中に存在する
- その本質は、原因が分からない悲しい出来事の責任を、母親の行動に押しつける構造
- 現代でも「母性神話」という形で、妊婦さんへの見えない圧力は続いている
- しかし、これらの迷信に医学的な根拠はない
- 流産や先天的な病気の多くは、偶発的に起こるものであり、あなたのせいではない
- 不安を感じたら、迷信ではなくかかりつけ医と信頼できる医療情報を頼ろう



迷信が生まれた背景には、医学がなかった時代の「祈り」がありました。でも、その祈りの裏側にある「あなたのせいだ」という刃から、もうあなたは自由になっていいのです。
あなたが赤ちゃんを想うその気持ちだけで、もう十分です。
よくある質問(Q&A)
- 義母から「妊娠中に○○してはダメ」と言われました。角を立てずにどう対応すればいいですか?
-
義母さんの言葉の裏には「無事に生まれてほしい」という愛情があるはずです。
真っ向から否定するのではなく、「ありがとうございます。次の健診で先生にも確認してみますね」と伝えるのがおすすめです。
医師に聞いた結果を共有すれば、義母さんも安心できることが多いです。 - ネットやSNSで「妊娠中に○○すると危険」という情報を見て不安になりました。どう判断すればいいですか?
-
SNSの情報は「大部分は正しくても、一部分に誤りが混ざっている」ことが多いため注意が必要です。
迷ったらAIなどを活用して『元になった医学論文があるか』を確かめてみましょう。最近のSNS(InstagramやThredsなど)では、医療従事者ではないインフルエンサーや発信者が、生成AIを使ってネット上の情報を集め、投稿を作っているケースがとても増えています。
その際、AIが情報源として「どこかのクリニックのホームページ」を参照していることが多いのですが、実はクリニックのサイトであっても一部に古い情報や誤った解説が含まれていることがあります。そのため、「9割は正しいけれど、肝心な1割に間違いや煽りが混ざっている」という投稿が生まれやすいのです。
SNSの投稿に直接出典(論文など)が書いていない場合でも、真実に近い正しい情報であることもあります。
もし不安になったら、「単なるクリニックのブログやまとめサイト」を鵜呑みにするのではなく、ChatGPTやClaudeなどのAIツールを使って「この記事の根拠となる『医学論文(論文データ)』はある?」と調べてみるのがおすすめです。
「個人のWebサイトではなく、論文という客観的な根拠があるか」を確認する癖をつけると、ネットのデマに惑わされにくくなりますよ。
もちろん、判断がつかないときは、次回の健診でかかりつけの先生に「これって本当ですか?」と気軽に聞いてみてくださいね。 - 流産を経験しました。「自分のせいかも」という気持ちが消えません。
-
まず、流産の約60〜70%は受精卵の染色体の偶発的な変化が原因であり、生活習慣や行動とは無関係です。6)
「自分のせいかも」と感じてしまうのは自然な反応ですが、その感情と医学的な事実は別のものです。
気持ちがつらいときは、かかりつけ医や、各自治体に設置されているサポートセンターで気持ちを話してみてください。
参考文献・資料
- 岩田銀子 et al. 北海道に於ける妊娠・出産に関する俗信から見た産育意識の一考察. 北海道大学教育学部紀要. 1997.
- 石垣純二. 妊娠出産と迷信. 助産婦雑誌. 1952.
- Dellicour et al. Exploring Risk Perception and Attitudes to Miscarriage and Congenital Anomaly in Rural Western Kenya. PLOS ONE. 2013.
- Getnet et al. Beliefs and perceptions towards congenital anomalies in Dilla town, Gedeo Zone, Southern Ethiopia; a qualitative study. BMC Pediatr. 2025.
- Tanabe et al. Social consequences of recurrent pregnancy loss and maternal myths, past, present, and future in Japan. J Reprod Immunol. 2024.
- Essers et al. Prevalence of chromosomal alterations in first-trimester spontaneous pregnancy loss. Nat Med. 2023.